2007年10月25日木曜日

スリランカ、初めてテロを間近にした日

10月22日a.m.4:30 パパパパン、ドー…ンという銃声と爆弾?の音で目が覚めた。
外はまだ真っ暗。でも遠くで閃光のようなものが見える。
何だろう…と思っていたら、家族や近所の人たちが外にでて騒いでいる。
ここで、ただごとじゃないと知り、すぐに私も外に出てみる
。 そこでホームステイ先のお母さんに聞くと、 「3km先でLTTE(反政府テロ組織)がこの町の軍基地を攻撃したらしい」と、英語まじりの言葉で教えてくれた。

でも、完全に理解していなかった私は、 「上空を飛んでいるLTTEの飛行機を、空軍が打ち落とそうとしただけ」と思って、「怖くないわね、大丈夫」というお母さんの言葉に、もう物事が過ぎたんだと、再度眠った。 でも次の日、JICAからも緊急メールが届いて、朝方の出来事・今日この町は外出禁止令がでたことを知った。 状況を理解できていなかったことに、ようやく気づいた。

怖かった。

私の住んでいる住宅街は安全だといわれているし、実際、外から信じられないくらいのどかな音(鳥の鳴き声・子供の遊ぶ声)が聞こえてくるけど、 家族に聞いても、TVを観させてもらっても、 自分の置かれている状況・この町の状況が理解できない。
JICAからはとにかく家にいろといわれただけ。

それが怖かった。

外の音に敏感になり、たまに大きなトラックの音とかが聞こえると、じっとしてやりすごした。昼からは雨も降っていて、部屋が暗かった。

夜になって、雨もやんできて、ようやく落ち着いたところに、 コロンボのホームステイ中に、私が過ごしていた家のすぐ裏に住んでいた、先輩隊員さんからメールがきた。ホームステイしていた家のお父さん、お母さんが心配しているとの内容。
すぐにコロンボのホームステイ先に電話した。
お母さんが出て、「怖がらなくても大丈夫。あなたはコロンボに来た時、かならず私たちに会いにくるのだから。そうよね?」

それを聞いた瞬間、緊張がほぐれて、涙がでた。
心配してくれる人の存在がありがたかった。

11月25日頃、テロ組織リーダーの誕生日があって、 その時期に向かってLTTEが何かを起こす可能性があるといわれている。 今回のことも、その一つかもしれない。
でも、テロのことは、日本の家族には話せない。
その分、母親代わりになってくれる人の存在がある。
近いうちに、コロンボに行かなきゃな。

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